将棋界で新たに導入される女流棋士の棋士昇格制度について、藤井七冠が「棋力の担保は取れているのでしょうか?」と質問したという記事が、特にジェンダーの人たちの目にとまり、議論を呼んでいる。
これについて知っていること、わかっていることを書いておく。
棋士になる難しさ #
奨励会 #
棋士になる正規ルートは奨励会での昇段だ。6級から三段まで上がり、最終関門の三段リーグで上位2名に入れば四段(棋士)となる。 参考:将棋界について
言葉にすると簡単そうに見えるがこれはとてつもなく狭き門だ。 まず、奨励会入会には小学生で5〜6段の実力が必要で、これは県大会優勝レベルに相当する。全国の天才少年が集まった環境で、その中から棋士になれる割合は約1〜2割程度。 26歳までに四段(棋士)になれなければ強制退会という年齢制限もある。
女性の奨励会の実績を見ると、これまで里見香奈、西山朋佳、中七海の3名が三段まで到達しており、いずれも年齢制限のため退会している。つまり、これまで棋士になった女性は存在していない。
考えられる理由として、そもそも将棋を指す女性の母数が少なすぎるという説が有力。
なぜこれほど厳しいのか #
主な理由は棋士の身分保障制度にある。一度棋士になれば定年まで地位が保証されるため、入口での選別が極めて厳格になっている。
加えて将棋連盟の予算制約も大きい。棋士は対局だけでなく普及活動も重要な仕事で、長期的なキャリアを前提とした職業設計になっている。そのため、デビュー時には現役棋士に対して7割近い勝率を維持できるずば抜けた実力が求められる。
それにしても、近年は将棋ソフトを用いた事前研究が前提になってしまったのもあり、奨励会全体のレベルが上がったことで、棋士になるハードルは更に高くなっていると思われる。
例えば、山下数毅三段は、三段でもプロ棋戦に参加できる竜王戦で4組昇級という類稀な成績を残したことで、特例としてプロ入りが確実になった。 しかし、三段リーグでは現在8勝6敗と苦戦している。(13勝5敗が一般的な昇段ライン) そのため、そもそも現在の奨励会制度を修正するべきなのでは、という声も多い。
女流棋士 #
女流棋士は正式な棋士とは別の制度で、1974年に将棋普及を目的として創設された。女流棋戦での対局もあるが、主な仕事は棋士の記録係や聞き手、普及活動など多岐にわたる。
現在の女流棋士は実力的には女流2級でアマチュア2〜4段程度とされている。トップクラスの女流棋士は奨励会初〜二段レベルの実力を持つといわれており、男性棋士との対戦でも一定の成績を収めている。女流トップの実力が向上したことが、今回の新制度の発端と考えられる。
既存の編入制度 #
プロ編入試験 #
実は、アマチュア・女流棋士から棋士になる道は既に存在する。 編入試験は、直近で棋士になった5人と対戦し、勝ち越すことで合格となる。
アマチュアからはこれまで、瀬川晶司、今泉健司、折田翔吾、小山直希の4名がプロ編入試験を突破して棋士となった。(うち3名は元奨励会三段)
しかし女流棋士からの編入は実現していない。里見香奈と西山朋佳が挑戦したが、いずれも試験を突破できなかった。特に西山女流はあと1勝で合格というところで敗北し、話題となった。
女流とアマチュアの違い #
これは女流棋士の実力不足を示すものではない。女流棋士は公式戦の棋譜が大量に存在するため、編入試験の相手となる棋士が事前研究しやすい環境にある。一方、アマチュアは棋譜の入手が困難で、一発勝負の編入試験では相対的に有利な立場にある。
ただし、棋士になれば対戦相手からの対策は日常茶飯事であり、より長い持ち時間での対局に適応する必要もある。これらはプロの将棋界で活動するために乗り越えなければならない課題でもある。
新制度 #
新制度では白玲タイトルを5期獲得(クイーン白玲)することで棋士の資格を得られる。2025年4月に羽生善治前会長により提案され、同年6月の棋士総会で賛成多数により可決された。
白玲戦は2020年創設の女流最高峰棋戦で、優勝賞金は5000万円と破格の待遇。女流棋戦で唯一の七番勝負でもある。 現在、西山朋佳が3期を保持しており、あと2期の獲得で制度適用第1号となる可能性が高い。
反対派の意見 #
批判の核心は実力担保の問題。主な論点は以下。
- 女流棋戦は棋士から隔離された環境で行われており、女流タイトル獲得が棋士としての実力を証明するとは限らない
- 現在の女流トップでも、棋士との対戦成績は5〜6割程度
- 三段リーグ突破者や編入試験合格者と比べて、実力面での客観的な検証が不十分
- 男性は困難な既存制度を通過する必要があるのに、女性に別ルートを設けるのは不公平
賛成派の意見 #
一方で、制度改革の必要性を重視する声もある。
- 女流トップクラスの実力は確実に向上しており、男性棋士と対等に戦える水準に到達している
- 将棋界の多様性向上と普及拡大の観点から意義がある
- そもそも奨励会制度自体が現代に合わなくなっている
まとめ #
この議論の背景にあるのは、これまでの純粋な実力による選抜を重視するか、それとも将棋界全体の発展や多様性を優先するか、という問いだ。
個人的には賛成寄り。棋士になれるといってもフリークラス(めんどくさいので説明は略)であって、実力が足りなければ10年で引退になる。これなら実力の担保云々はうるさく言う必要ないのでは。
また、女流タイトル5期獲得というハードルが十分に高いので、この制度を利用してプロになれる人数はかなり制限されるのも賛成できる要素。プライドよりも将棋が普及・発展することのほうが重要だと思っている。
とはいえ、この制度はすでに採択されたものであり、我々は見守るしかない。
今回、女性差別的な意味合いで話題になっていると思われるが、実態としては以上のようになる。また、藤井七冠の発言は純粋な質問であって、意義を唱えるという意図はあまりなかったのではないかと推測している。