SNSでイーガンの話ばかりしているので、たまに「イーガンのどこが良いんですか?」と聞かれる。あまりうまく答えられなかったのでここに書こうと思う。 ちなみに全部読んでるわけではなく、直交三部作とゼンデギといくつかの短編は未読。
ぶっ飛んだアイデア #
まずはこれ。とにかくぶっ飛んでる。『順列都市』の塵理論とか『暗黒整数』の異世界との数学定理証明バトルとか『ボーダー・ガード』の量子サッカーとか。何食ったら思いつくんだって独創性に富んだアイデアの奔流を見せてくれる。ぶっ飛んだアイデアを摂取すると脳みそがしびれる感覚がある。これぞハードSFの醍醐味。 数学や物理、情報科学などの知識がないと理解が厳しいところがあるかもしれないけど大丈夫、多分みんなちゃんと理解してない。おれたちは雰囲気でイーガンを読んでいる。 よくわかんないけどなんか面白い、それがイーガンのすごいところ。
自由意志・アイデンティティ #
イーガンといえばアイデンティティの代名詞ってくらい自己同一性と自由意志に関する鋭い洞察を書いている。 脳に埋め込まれ、自分自身を観察・学習し続ける<宝石>による意識のコピーの話(『ぼくになることを』)や、病気により幸せを感じる分泌物に異常が出てしまい、好き嫌いの感情を化学的にコントロールできるようになった青年の話(『しあわせの理由』)などなど。 「自分という存在ははたして本物なのか?」「どこからどこまでが人間といえるのか?」「この選択は本当に自分の自由意志によるものなのか?」と根底から揺るがせてくる。
『祈りの海』収録の「ぼくになることを」や『しあわせの理由』の表題作はイーガンを読み始めたときに出会って衝撃を受けた。未読の人はまずはそこから読んでみることをおすすめする。短編で現実に近い話なので読みやすい。 『祈りの海』収録の「貸金庫」が新海誠の『君の名は』に影響を与えたのはそこそこ有名な話。毎日知らない人間として目覚め、その人間として生活する。その場合の"自分"とは何なのか。おもしろそうでしょ。
多様性と個の尊重 #
これは『万物理論』で最も顕著か。男性でも女性でもない「汎性」を含んだ7つのジェンダーや、自らの塩基配列の構成要素(ATGC)を変えることで新人類として進化した実業家、他者への中途半端な理解を拒絶する自発的自閉症協会など、未来社会における多様な人間のあり方を描いている。 特に自発的自閉症協会はすごくて、「愛とは相手を理解しているという錯覚であり自己欺瞞にすぎない」と切り捨て、他者を理解する脳の部位を切除して別の存在として分岐してしまおうとする。“人間性"とは何か、その治療は本当に治療と言えるのか?と考えさせられる。
このような作品を読んでいると、「他者とは究極的には理解できないものであり、それゆえに最大限の敬意を払いながら適切な距離感で接するべき」というスタンスを感じ、勝手に共感している。
また、イーガンの作品世界には思想が強く一貫性のある理知的なキャラクターばかり登場するイメージがある。ときに衝突するがそれぞれの理想があり、その実現に向けて行動している。みんな真っ直ぐに生きていて好感が持てる。
未知に対する柔軟性 #
精神の入れ物にすぎない肉体はいくらでも改変でき、果ては肉体を捨ててソフトウェアのみの存在になる始末(『ディアスポラ』)。意識はコピー可能であり、魂=ソフトウェアなのだ。 核となる不変のアイデンティティさえ失わなければ、精神構造すら改変しても人は進化し続けられる。 『ディアスポラ』の主人公ヤチマが果てしない宇宙の旅の果てにたどり着いた"自分のなかで不変なもの"に感動しない人はいないはず。
『シルトの梯子』における別宇宙の生命体に対するスタンスには驚いた。 直接接触するのが難しい生命体に対し、人間のほうが肉体を作り変えることでコミュニケーションを取ろうとするのだが、やはりここにも他者への最大限のリスペクトを感じる。 他者を変えるのではなく自分から変わる。未知の存在に対してとことん柔軟な考え方をするのもイーガンの特徴だ。
楽観的な人間讃歌 #
イーガンは「人間の本質は善であり、厄災に巻き込まれても人々は自然と連帯し、叡智を結集してよりよい未来を作ることができる」という世界観を持っているように思う。 これは『堅実性』に顕著で、他の作品でも大きな危機を回避するためにみんなで科学を進歩させてなんとかする話が多い。 また、「人類の未知への終わりなき探求心」という話では『プランク・ダイヴ』収録の『伝播』がとても良い。 変化することに常に前向き。この楽観的な人間讃歌が生きる元気を与えてくれる。
まとめ #
とりあえずこんなところかなー。全体的に見て「自由・楽観・好奇心」がイーガンを語る上でのキーワードと言えるかも。 正直なところ、イーガンを集中的に読んだのがけっこう昔で忘れていることが多い。ちまちま再読中なので思い出したらまたここに追記・修正する予定。