再読。やはり短編として最高傑作だと思う。
テッド・チャンは現実の物理学の概念を物語に落とし込むのが絶品の作家だと思っている。そして「息吹」はその最たる例。
現実世界とは異なる、単純化された世界を仮定し、その世界を探求する中で、本質だけを抽出して読者に"理解"させる。 なるほどSFってこういうもんですかー、とひたすら感心することしかできない。
息吹で言えば「空気の流れそのものが生命」というネタであったり、宇宙はいつか平衡状態に達して終焉を迎えるということだったり。これらはそのまま現実に当てはめられる話なのだけど、単純化された世界での出来事にすることでより理解しやすくなっている。
平衡状態に達するネタも、“エントロピー"という物理量は熱力学の概念なので、つい「温度」について考えてしまいがちだが、「気圧」だけで説明していて、これもうまいと思った。気圧のほうがイメージしやすくてわかりやすい。そして「空気の流れ=生命」ともばっちり関連している。
最終的に、このままいくと気圧差がなくなって世界が終焉を迎えてしまうことが判明するわけだが、終わりゆく世界で主人公は"それでも記録を残す意味”、“別の世界の介入の可能性"を見出し、希望を持てる終わり方をする。
息吹に限らず、テッド・チャン作品の特徴として、客観的にみてわりと悲劇的な内容に対して、その事実を受容しつつ希望を持てる終わり方をする話が多い。
世界観としてはロジカルでソリッドなのだが、人間の"心"の可能性に対しては肯定的な作家という印象がある。