SFマガジン2023年12月号収録のグレッグ・イーガン「堅実性」を読んだ。 最近星雲賞をとったらしい。
周囲のものや人間が、目を離すと平行世界と入れ替わり続けるという、量子力学の観測問題がマクロレベルで効いてしまったような世界観。完全にランダムに入れ替わるのではなく、ある程度似たもの・人に入れ替わる。 「このグダグダはいったいなんなんだ?」
堅実性声明 #
(略)僕たちは自分たちにできる限りのことをして、社会の堅実性を維持しよう。もしできるなら、この言葉を広めるんだ。もしできるなら、きみが手本になるんだ。
<堅実性声明>の善性が高すぎてうるっときたのは僕だけじゃないはず。
大きな厄災で人々が引き裂かれても、人間は手を取り合って協力することができるという希望と祈り。イーガンは本当に人間が大好きなんだなあ。
実験 #
小石を置いたり石版に文字を刻みつけることはどの平行世界にも共通で反映されるという事実が判明するが、そこからの実験がSFならではでめちゃめちゃ面白い!
てか対照実験で条件切り分けられるオマール賢すぎるだろ…(イーガンあるある)
背中向かいの二人組をカメラで撮影して入れ替わる条件を探る実験で、オマール自身が入れ替わっていたのは一瞬混乱した。こういうところに芸の深さを感じる。
石版実験から実はラフィークが入れ替わり続けていたことが判明するシーンは震えた。今まで確かだと思っていた事実が崩壊する瞬間。小説がうますぎる。
結末 #
最終的に、肩にカメラを装着した多数の人間の画像を記録することで世界の連続性を維持しようとするわけだけど、それは今いる世界の人々を繋ぎ止められると同時に、離れ離れになってしまった家族とはもう永遠に会えないことを意味する。
ぼくにわかっているのは、父を取り戻せないということです、何をぼくが望んでも、何をぼくが書いても、何をぼくがしても。そういうものだと納得することにしたんです。
ラストから、ラフィークは自分の息子に会えないことに耐えきれずにオマールのもとを去ってしまったらしい。それでもオマールは諦めずに社会の堅実性を維持する最善の道を模索する。
それが、オマールがあの人々のためにできるただひとつのことであり、それだけで十分とするべきなのだ。
オマールの選択はせつなくも希望の火が灯っている。 尊い…
表紙イラスト #
読んだあと表紙イラストを見返すと面白い。 合わせ鏡に写ったラフィークの後ろには人影があるが、オマールにはない。 これは、平行世界で別の存在がいるラフィークに対して、オマールは平行世界でも同一性を保てる安定性があるという表現なのかー。 そして、アンカーとしてオマールが人々を繋ぎとめ、その塊を大きくしていくことがタイトルの『堅実性』につながっている。
まとめ #
イーガンの人間愛が伝わってきてすごくよかった。 実験もSFらしさが存分に発揮されていたし、そこから導かれる残酷な真実も鮮烈。
難しい理系用語も出てこないからSFファンじゃなくても楽しめる作品だと思う。 一刻も早くこれを収録した短編集を世に出して人々をイーガン沼に沈めるべき。