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イーガンの Vouch for Me を読んだ

イーガンの短編Vouch for Meが原文で無料公開されていたので読んだ。

あらすじ
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HHV-10というウイルスが蔓延した近未来。主人公ジュリアの家族も全員感染している。このウイルスは数十年の潜伏期間の後に脳炎を引き起こし、そこから回復しても過去の記憶を失ってしまうという後遺症がある。

そのため、感染した人々は回復後の自分に記憶を引き継ぐために、自分の人生を詳細に記録している。それは手書きの日記であったり、ビデオ日記だったり、はたまた"Lockut"というAIアシスタントに教え込ませたり(「ぼくになることを」の"宝石"が思い起こされる)。人によって手法は異なる。

しかし、日記を第三者に改竄される可能性をどうしても排除しきれないため(作中では筆跡の高度な偽造プログラムが存在したりする)、記憶を失った自分にとって、その記述が真実であると完全に信頼できる保証はない。

データセキュリティの専門家であるジュリアは、自分の記憶を完全に保護する方法として磁気誘発性リン光を利用した認証システムを開発することで、その問題を解決する。その間に夫のパトリックに脳炎が発症し…

感想
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コロナ禍を思い起こさせる災厄で引き裂かれた人々とアイデンティティの話をしていて、かなり「堅実性」に近い話だと思った。 今回も登場人物はみんな善い人で、それだけに終盤の展開はつらく、かなしい。

で、この短編のテーマと言える、記憶を失った自分は自分と言えるのか?という点に関して。 自分としては、記憶を失った自分はほぼ他人という感覚がある。 なので記憶を失った未来の自分のために詳細な記録を残すことはしない気がする。めんどくさいし。 なんかまあ大変だろうけど頑張ってくれ。未来の俺。 と同時に、そういう考えになるのは自分が気楽な独り身だからであって、家族がいる人にとっては事情が違ってくるんだなあということも気付かされた。

それにしても最近のイーガン作品は本当に読みやすい。もう高度な数学・物理学を駆使したハードSFを書くのは直行三部作でやりきってしまったのかもしれない。 とはいえ初期からのアイデンティティを追求する厳格さ・繊細さは健在なので面白い。むしろ読みやすくなったことで人に勧めやすくなっていいかも。短編集が出てくれれば…

翻訳
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今回、もちろん原文のまま読んだ…わけはなく、AIエージェント(claude code)を駆使して丸ごと翻訳してもらった。かかった費用は3ドル程度。

PythonスクリプトでPDFから本文を抽出し、それをAIエージェントに一章ずつ翻訳させながら、登場人物や世界設定、SF用語をまとめて記述するファイルに追記させるという手法をとった。 この設定ファイルを常に参照させることで、AIは一貫した翻訳を行うことができる(AIは記憶の保持が苦手なため)

SFの翻訳は独自の用語が出てきたりするため難しいと思っていたが、ほとんど違和感なく読めた。AIすごすぎる。

本文のテキストファイルさえあれば、この方法でどんな長さの小説でも読める水準の品質で翻訳できると思う。問題はテキストファイルとして抽出するのが難しい点だが…(今回はPDFで公開されていたため抽出が簡単だった)

と思って調べてみたら、kindle書籍を自動でスクリーンショットしてOCRで画像からテキスト抽出という方法があるらしい。

ただ、あくまで私的な利用とはいえ、著作物を丸々AIに投げているので若干グレーな気はしている…